論文が書きたい!

rubbylove2005-10-10



人の知性や教養は学歴でははかれないと思う。頭がいいかどうかは学校の成績がどうかとか、どこの大学を出たとかということではない。しかし、わたしが学校、とりわけ大学院で得たものは大きかった。そのひとつが論文を書いたということだった。


本の学校教育では作文や感想文は書かされるけれどもどのように書くかということを教える授業はなかったように思う。論文には様々な作法があり、それらを学んだだけでなく、どのように書くべきかという基本的なことを学ぶことが出来た。
指導教官であるK教授(K教授はフランス文化に詳しいのでムッシュと呼ばれていた)の言葉を借りるなら論文はいかにストーリーを組み立てるかのひとことに尽きるという。


さて、論文締め切り4ヶ月前、父が突然入院した。持病である(本人にその認識はなかったが)弁膜症に加え菌による心内膜炎を併発して、近所の病院へ入院、そこでは設備がない為に対処療法のみだったが、手術しか手立てがないほどに悪化していたのだった。そこで大学病院へ転院し、12月の始めに手術となった。12月といえば論文の締め切り。弁膜症の手術は危険性はそれほど高くないとはいえ4%の危険性があるというものだった。手術の当日は資料と原稿をもって手術が終わるのを待った。


父の手術も無事終わり、迫りくる論文の締め切り。書いてはプリントして構成、また直してはプリントの日々。大学院は通信制で提出は郵送によるため、ギリギリでも締切日の2日前には発送しなくてはならない。その郵送日まであと3日という段階で、論文を製本するためのファイルの色が決められていることが判明。(指導手引きの見落としだった)慌てて母に買いに走ってもらった。そして郵送1日前の夜にいよいよ本番の印刷…インクがない!!!翌日朝イチで買いに行ってもらい、ご飯もそこそこに印刷し製本して何とか間に合わせることが出来た。
わたしにとっては穴あけパンチを使ったり、モノを動かしたり取るために手を伸ばしたり、立ったり座ったり、そういう作業は人の何倍も時間がかかり、何倍も疲れる作業だった。それなのに、出来上がった瞬間、また書きたいと思ったは自分でも不思議だった。


出来上がった論文は同期生や先輩方のものに比べれば稚拙であるけれども、ムッシュからは論文内容と努力を併せて評価していただいた。ムッシュはいつも穏やかでユーモアにとみエラぶったところがない。論文の口頭試問の際には厳しかったが、自主性に任せた自由な研究をさせていただいた。


論文を書くということは本当に大変なことだ。でもちょっとした作法と書きたいという気持ちがあれば誰にでもできる。
修了以来ずっとテーマを探していたのだけれど最近絞れてきたので締め切りを気にせずに書いてみようかと思う。
機会があればここにアップするかもしれないよ。